ブログ「社長のつぶやき」

2019.12.14 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

東海の菜食文化について

 地元のA大学で、地域の「食」を巡るテーマの一つで「東海の菜食文化」という講義を頼まれたことがあります。
私の根源的な疑問はそもそも人間にとって野菜は必須なのかどうかですが、未だに答えはわかりません。
少なくとも江戸時代までの食事は「一汁一菜」が基本。
裕福な武士階級であれば1日5合の玄米を食べていたという。
一汁一菜はご飯をたくさん食べるための添え物に過ぎなかった。
お米(稲)というのは、神からの最高のプレゼントだったのではないか?

 パン(小麦)よりはるかに栄養素が多いようです。
仏教文化の影響で獣食は厭わられていたが、そうは言ってもイノシシを牡丹、馬を桜、鹿を紅葉、鶏を柏と書いたように、結構地域によっては食べられていたか、飢饉時の非常食として利用されたようでもある。
魚は食べられたが貴重品、高級武士でも月に2度ほど干し魚などを食べられた程度だそうです。
それでも江戸以降に京野菜・加賀野菜・江戸野菜等独自の地域野菜文化が芽生えたのも事実です。

 そもそも野菜と言っても現在我々が口にするものの大半は明治以降に普及したものばかりです。
明治期に導入された野菜は、甘藍(キャベツ)・白菜・玉葱、西洋種ほうれん草・南瓜、レタス、メロン、イチゴ、じゃがいも、トマト、近年ではブロッコーリー・カリフラワー、ミニトマト。
現在野菜売り上げトップの「トマト」もほとんど戦後に普及したに過ぎない。
日本原産野菜といえば、サンショウ、セリ、フキ、ミツバ、みょうが、わさび等、また古来に伝来した野菜は大根、カブ、里芋、時代とともに生姜、茄子、ちしゃ、人参、胡瓜と続く。
正に主食に対する食欲増進剤としての意味合いが強かったようです。
愛知の伝統野菜の定義も見ても「今から50年前には栽培されていたもの」となっており、殆どは江戸時代以降の「新しい野菜」です。

 それが今や野菜は人間にとって「主食」に近い地位を獲得しつつある。
21世紀の食を巡る話題はますます野菜が増えることでしょう。
また菜食主義者も増加傾向と推察されます。
我々タネ屋も耐病性、多収性、均質性、外観性、高食味の「種」開発に必死です。

ただ日本人にとって野菜の地位がこんなに高くなったのはたかだか150年位の間だということは認識すべきだろう。
また「タネヤ」を生業とする者にとって、食事の歴史、なかんずく野菜食の歴史を網羅的に理解しておくことは価値あることだと思いました。

 来年が皆様にとってより良い年となることを祈念しています。
川西裕康

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