ブログ「社長のつぶやき」

2023.03.11 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

里山と里海の再発見

経緯は省きますが、愛知大学の印南敏秀先生から、里海に関する著書及び編書を3冊頂いた。膨大な量でしたが、真剣に読ませていただいた。中でも「里海の自然と生活Ⅱ 三河湾の海山里」は私にとっても身近な話であり、老眼に苦しみながら興味深く読ませていただいた。
「里山」という概念は結構聞く機会が多いが、「里海」という概念は恥ずかしながらほとんど初めて知った。里山とは人間の生活圏と原生的な自然の中間に位置し、自分流の解釈では人と自然が「共生」している陸地及び山(環境省の言葉では里地里山)をさす。里海とは、「人手が加わることにより生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸地域」(環境省 里海ネットより)を指すそうです。
我が故郷三河湾は、世界でも稀に見る閉鎖系水域、非常に繊細で壊れやすいが、かつては非常に生物多様性に富み、生産性の高い海だったようです(昭和30年代位まで)。三河湾はまさに世界でも稀な「里海」だったのだとハッと気づかされました。アマモに代表される藻類も、かつては肥料として採集されていたという話を聞いて、今流に言えばこれこそカーボンニュートラルの実践ではないかと合点しました。20世紀、化石燃料と化学肥料の普及は里山・里海に頼る生活から人間(農業者・漁業者)を「開放」した。労働生産性は飛躍的に伸びたでしょうが、一方で長年続いた人と自然との関係を分断し、経済合理性優先で里山・里海は破壊され続けてきた。

私の立ち位置としてはノスタルジックなことを主張する立場ではない。しかし昨今の風潮では肥料や石油をはじめとする輸入諸原料価格の高騰緩和対策と自給率向上を目指して自国生産できる資源の有効活用法が盛んに奨励されている。しかし農業現場では、「堆肥」や「汚泥肥料」の活用について正直冷ややかな声も聞かれます。机上の議論や理想論と農業現場の実態とは、かなり乖離しているように感じます。昔の生活に戻れとは言わないが、かつての「里山・里海」から現代が学ぶべきものがあるのではないか、「里海」の考え方から新たな未来技術や環境との調和、強いては政府が目指すカーボンニュートラル構想のヒントがあるのではないかと感じました。

少なくとも今後、これ以上の破壊はやめ、むしろ里山・里海の再生を前提とした国土づくりに方向転換すべきだろう。

2023.03.06 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

東三河で未来の夢を語る

豊橋で誇れるものはと聞くと、「市電が走っていること」と答える人は多い。よく乗りますかと聞くと大抵は黙ってしまう。自慢ではあるが、乗る人の大半は通勤通学の人と少数のマニアである。次に「農業が盛んなこと」と答える人も多いが、市電と同様、何が盛んなのか、なぜ盛んなのかと突っ込むと答えに窮する人が多い。

農業には大きく①穀物(主に稲作)②畜産(牛・豚・鶏・鶉・牛乳等)③園芸(野菜・花卉・果樹等の露地栽培及び施設栽培)の3つのジャンルがある。ジャンルごとに抱える問題はかなり違う。
その中でも園芸は担う人数も多く、生産額も多いので当地方の顕著な特徴と言えるでしょう。温暖な気候と豊富な農業用水、そして立地にも恵まれている。
しかし園芸農家に自給率向上を期待されても、そもそも野菜や花卉にはほとんどカロリーがない。また地産地消を期待されても、東三河南部(田原・豊橋・豊川の一部)の農業は輸送園芸が主流で、全国相手に如何に高値で売るかが専業農家の主な関心事である。大規模化と生産性の向上がメインの関心事ですから、有機農業や地産地消はマイナーなトピックとなりがちです。つまり何が自慢できるかは、その人の思想信条や考えによって180度異なるので、農業に期待することやその未来を語っても、話が噛み合わないことが多い。

それでも私が確信を持って信じるのは10年後・20年後も多くの国民は新鮮で高品質「安心・安全」な国産野菜を食べたいと思ってくれるだろうということです。野菜を外国に頼っても良いと思う人は少ないと思います。ならばこの恵まれた地で、10年後、20年後も農業が栄えるように少しでも役立つならこんな素晴らしいことはないと考えます。
農業が栄えるということは、それを担う農家が栄えなければ実現は難しい。10年後、20年後も担い手たる農家・農業法人の繁栄に役立つ企業でありたいと願っています。企業としての営利活動が、社会貢献にもつながると信じることができればこんなにありがたい職業はないと思っています。農業は手厚く保護されている、補助金漬けと思っている方は、是非真冬の最も冷え込んだ頃、渥美半島のキャベツ畑を見に行って下さい。厳しい天候時ほど、高値になる可能性があるので農家は畑に立って、必死に収穫作業をしています。