ブログ「社長のつぶやき」

2017.05.06 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

第51期経営計画発表会に当たって

 弊社の決算は、4月末です。毎年5月に入ると会社スタッフ全員を集めて経営計画発表会を実施しています。(株)武蔵野の小山社長に20年近く前に指導を受け、第36期から今回の51期まで「経営計画書」の作成配布と「経営計画発表会」を本社のある豊橋駅前のホテルで行うことが慣例となっています。
しかも近年は5月2日と決まっています。よっぽど日柄がよくない限り、ゴールデンウイーク間のこの日は大きなイベントはないようなのです。
社長Presentation

 発表会後は、新入社員歓迎パーティーと続きます。
結構盛り上がります。
新入社員歓迎会花束贈呈式
(毎年恒例の昨年入社先輩社員から花束贈呈)
 私にとっても、最も気持ちを新たにする日であり、社員の皆さんが楽しそうにパーティーに参加しているのも見るのは、何よりもの喜びです。弊社ではこのような全体会議と懇親会というパターンは年3回行っています。この経営計画発表会、そして7月の上期勉強会(泊まり)と12月の下期勉強会(泊まり)です。年に3回はすごいねと言われることもありますが、もともと上期勉強会はかつて実施していた慰安旅行を変形させたものであり、12月の下期勉強会は、もともとあった全員参加の大忘年会に勉強会を加えただけなのです。今後も続けられるかどうかは未知数ですが、全員が集まる機会が3回あるということは、普段は会う機会がない社員同士が会えるという意味でも、また団結力という意味でも、費用対効果は十分見合っていると私は思っています。早く懇親会にならないかなと思っている社員が大半だとは思いますが、その前に社長の話を聞いてもらう機会があるのは、私の精神状態のためにも大変ありがたいことです。また近年は決して会社が強要したわけではないのですが、新入社員は宴席で集団パフォーマンスを行うのが慣例になっており、これもひそかな楽しみの一つです。
Entertainment
(新入社員たちによる集団パフォーマンス披露、盛り上がっていますね!)

2017.04.06 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

入社式に当たって

 本年16名の新卒新入社員を迎えることができ、私自身も新たな勇気と希望を頂き、また大きな責任を感じています。

入社式2017社長挨拶


当社にとって新卒採用は最も大切な仕組みであり、文化です。
多くの地方企業にとっては、業容拡大と将来の明るいビジョンを描けない限り、新卒採用は厳しいというのが現実です。私にとっての新卒採用は、会社がsustainable(サステイナブル:持続可能)であるための大変重要な条件だと思っています。新卒採用の継続は会社構成員の年齢バランスを適正に保つ効果があり、会社のベクトル合わせに有効で、団結力を強めます。しかも昨年の新人は先輩という地位を手に入れることができるし、新人を肴に歓送迎会を楽しむ機会を増やすことができます。
 一方新卒採用のみを偏重すると金太郎飴のような組織風土となりがちで、「会社の常識は社会の非常識」のような事態を招くのではないかと危惧する声もあります。diversity(ダイバーシティ:多様性)という言葉も私がとても好きな言葉です。好きではありますが、実践、実行できているとは言い難い現実があります。
強固な組織だが、単線的ではなく、一人一人の構成員は多様性を享受し、何よりも尊重している。
どこかの大都市の知事さんのような英語の使い方で恐縮ですが、diversityの尊重がsustainableにつながると信じて行動できている。
そんな組織を目指していきたいと願っています。

2017.03.06 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

プロファーム開発に至る道 : “ オランダ視察 ”

 かつて私は日本の施設園芸におけるトマト栽培は、少なくとも単位面積当たりの収穫量は世界一だろうと勝手に思っていた(1990年代)。日本人は勤勉で精密、何よりも栽培面積が小さいのだから、大面積を大雑把(当時は勝手にそう思いこんでいた)に管理する欧米よりも収量性は良いに決まっていると思っていたのです。ところがある雑誌でオランダの大規模トマト栽培が紹介され、数字を見ると日本の3倍以上の単位当たり収量があると聞きました。私は半信半疑でしたが、1997年初めてオランダを訪問すると、それが事実であることに衝撃を受けました。オランダでは、国立の専門大学を中心として非常に論理的、合理的に栽培技術の向上が図られていたのです。この事実は会社として共有する必要があると感じましたので、その後5人前後の社員を連れて10年以上オランダ施設園芸視察を継続しました。

 2010年前後、日本においても施設の環境を統合的に制御することによって収量を飛躍的に向上させることの重要性が頻繁に論議されるようになりました。弊社においてもオランダ視察の経験から、そのことを理解する社員が多数いたことが大きな財産でした。そこへ(株)デンソーさんが、新事業開発の一つとして「農業支援」という理念を掲げられ、幸運にも当社の扉をたたいてくれました。そして双方の努力のもと、プロファームと言う商品コンセプトが生まれたのです。振り返ればオランダ視察にのべ50人前後の社員を派遣したことは企業としては大きなコストでしたが、今振り返っても無駄ではなかったと思っています。それどころが弊社のミッションにとって「核心」部分を形成するようになってきたと自負しています。


2017.02.07 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

「一粒の種が実るまで」

 この場をお借りしてで申し訳ないです。
父川西十三雄の永眠に際しては、多くの皆様に丁重なるご芳志を賜り、厚く御礼申し上げます。
父の死をもって、弊社創業4名は天国の人となりました。

 名実ともに新生トヨタネとして歩まなければなりません。
そんな折、父の資料を集める中で、昭和55年当時の第一勧業銀行(現みずほ銀行)広報誌「千客万来」に寄稿した文章が目に留まりました。
 親子とはいえ、父と仕事についてのコミュニケーションが多かったとは言えません。
しかしこの文章を読んで父の考え方を私は受け継いでいるということを確信でき、大変うれしく感じました。
再録させていただきます。

以下川西十三雄 記事全文掲載 「一粒の種が実るまで」
出展:昭和55年6月第一勧業銀行(現みずほ銀行)広報誌「千客万来」より
昭和55年夏号「千客万来」

2017.01.01 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

年頭の所感

皆様明けましておめでとうございます。
2017年は酉年、酉年生まれの私にとっては、5回目の干支、つまり還暦です。
意識の上では、多くの社員と同世代のつもりですが、社員側からは違った姿に映るのでしょう。
自分自身の幼い内面と、還暦を迎える社長という現実を前にして、社員との距離感のミスマッチに気づいていないのは、当の社長らしいです。 
思えば情報革命の真っただ中を過ごしてきた。
大学生の頃、間借りしていた下宿屋の取次電話で4年間を過ごしたが、不便は感じなかった。
親は音信のない息子を心配しただろう。
会社に入るとすぐFAXが登場した。
FAXが普及すると情報の「蕎麦屋の出前」ができなくなった。
1980年代になるとポケットベルの普及、すぐ連絡が取れる社会となった。
1990年代は携帯TELが普及、同時にインターネット全盛時代となった。2000年以降はSNS、IoT、AI等。
そして近い将来SinguLarity(人工知能が人類を超える日)が人類を根本的に変えるといわれている。

IT革命はこれからも加速度をつけて進行するのでしょう。
会社も時代に合わせて変化しなければお客様に捨てられます。
どんどん変えていくべきことと、変えてはいけないことをよりスピードを重視して、一つ一つ丁寧に決定する心構えを大切にして取り組んで参りたいと思います。
会社一同、皆さんの力でもっともっとお客様に役立つ会社を目指しましょう。

川西 裕康

2016.12.29 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

来年は酉年です。

皆さんこんにちは
来年は酉年ですね。
私も実は酉年、5回目の干支、回りくどいですが要は還暦、60歳になるということです。
酉年だからではないと思いますが、鳥は大好物です。焼き鳥も好きですが、添付写真(豊橋駅前のトリ専門店で頼んだスパイシーなローストチキン)のような丸焼きも大好きです。 

鶏丸焼き

友人に鳥はダメと言う人がいます。
よくよく聞くと、昭和の時代の農村では、生きた鶏を買い、お祝い時に首をはね、羽を毟った後、丸焼きにしたそうです。
今の日本では見かけませんが、東南アジアに行くと市場で生きた鶏を売っている光景を見ることがあります。
日本でも昭和40年代くらいまでの農村では普通だったようです。
その友人は、その光景がトラウマとなっているのです。
皆さんタッカルビを知っていますか?
韓国の辛いトリの焼肉です。
これがまた最高にお酒と合う。
しかしその韓国が、鳥インフルエンザの蔓延で大変なことになっています。
本日の新聞では2600万羽を殺処分とのこと。
韓国の人口は約5000万ですから、一人当たりローストチキン半分を食べるチャンスを失いました。
冗談のように言いましたが、大変な事態です。
食べ物の恨みは恐ろしいので、鳥インフルエンザが流行るのも朴政権のせいだということになれば、更に騒ぎが大きくなりそうです。
日本も対岸の火事で収まるかどうか微妙だと思っています。 
酉年1月のニュースが鳥インフルエンザの話題にならないことを祈るばかりです。
特に豊橋は日本一のウズラの産地です。
豊橋人はざるそばに生のウズラ卵を添えるのが常識ですが、世間では非常識のようです。
うずら串も焼き鳥屋で私の定番の一つ、中華飯を食べるときは、大好きなうずらは最後までとっておきます。
うずら焼きは皮ごと食べるのが豊橋では常識です?。
以上いろいろ言いましたが、来年は酉年、皆さん良い年を迎えてください。

川西裕康

※上記は2017年度に入社される内定者の方々とのメール内容を使っております。
ご了承ください。

2016.12.16 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

大規模経営と生産管理ノウハウ

 先日 日本オランダ官民交流セミナー参加、その席で施設園芸協会の篠原会長が、個人的意見と断ったうえで、日本の施設園芸は栽培面積1ヘクタール、1億円販売農家1万件が望ましいと発言されました。
私もおおむね同意します。
 弊社は、アフターフォローや栽培指導等のソフト面に強みを発揮して、こうした顧客の支持を得たいと願っています。もともとタネヤですから、種まきから収穫までフォローすることが会社のアイデンティティとなっています。
 しかし規模拡大を目指す農家が必要な技術・情報は栽培ノウハウだけではありません。
合理的な生産管理ノウハウや金融知識、雇用労力活用がより重要になってきます。
残念ながら弊社は自ら大規模経営の経験がなく、生産管理手法について顧客に伝えることのできる情報が少ないと感じています。会社にとって大きな課題です。特に日本は、オランダと比べるも四季の変化が激しく、それに伴って季節毎の作業内容も量も大きく異なります。例を挙げるならば、年1作型のトマト栽培において真冬に必要な収穫労力と4~5月の収穫労力は大きく異なります。
 しかし4月に合わせて常用雇用を増やせば、おそらく経費倒れになるでしょう。
大規模な法人経営が安定しない原因の一つはここにあります。
家族経営は、労働時間を季節毎に大きく変動させても経費増にならないところがミソです。
しかし家族だけでは規模の拡大は限られるので、季節によって柔軟に労働時間を変動できる良質な雇用労力を持つ農家が強みを発揮するということになります。
 最後に蛇足ですが、今弊社が取り組んでいる施設内高所作業車等のシステムはこうした農家のニーズに対して理にかなった商材としてこれから是非普及させたい商品です。

2016.11.15 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

育種技術としてのゲノム編集について

皆さんこんにちは。

 先日ある人から「ゲノム編集」についての意見を求められましたが、何も知識を持っていませんでした。先方は種苗会社の社長だから当然詳しいだろうと思ったようです。恥ずかしい思いをしました。

 そこで素人なりに、少し勉強しました。
ゲノム編集とは、特別なDNA切断酵素を使って、膨大な遺伝情報の中から特定の遺伝子部分に狙いを定めて切断。遺伝子を破壊したり、新しい遺伝子を組み込む「編集」を行い、狙った通りの遺伝子を思い通りに書き換える技術だそうです。
これだけ聞くとさぞかし難易度の高い技術のようですが、クリスパー・キャス9という切断酵素の発見で、非常に現実的、身近な技術になっているとのことです。

 ゲノム編集によって多くの動植物の品種改良が従来の交雑や突然変異を待つ手法よりはるかに早く、狙った成果が得られる可能性が高くなりました。もちろん医療分野、ガン治療や遺伝性疾患にも素晴らしい効果が期待されています。この分野の研究は米国そして中国がかなり進んでいるようです。

 そこで最初の質問に戻るわけですが、ゲノム編集は遺伝子組み換え技術とどう違うのか、そしてその上で遺伝子組み換え作物には拒絶反応の強い日本においてゲノム編集作物は受け入れられるのかどうかというのが質問のポイントでした。
社会の受け入れが難しいとの理由で研究が遅滞するようだと、実用化技術において日本は大きく取り残されてしまう可能性が高い。すでに遺伝子組み換え技術は米国の独り勝ち状態です。

 ゲノム編集技術は、AIにも勝る21世紀技術革新の中心テーマになる可能性が高いと言われています。野菜や花卉の育種分野はマーケットが小さいので、遺伝子組み換えは倫理的にも経済的にも採算が合わないと言われていますが、ゲノム編集技術ははるかに抵コストで品種開発につながる可能性があります。世界の趨勢と倫理上の問題の間でこれからの大きな社会テーマになりそうです。
一種苗人としてこのテーマを注目する必要があると感じています。


社長


2016.09.30 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

突然の出来事・新たな事業展開「岐阜営業所開設」

皆様こんにちは。

 久々の瓦版ですが、なかなか筆が進みません。会社では二村会長の突然の訃報がありました。これから進むべき会社の進路について、当日も役員会で意見を頂いていただけに、急に支えがなくなったような気分です。また私自身も生まれて初めて病院にお世話になりました(以上 筆が進まない言い訳)。 そうは言うものもこれから、社内向けにも、お客様にもこの瓦版を通じて少しでも発信していきたいと思っています。弊社のことをより理解いただき、そして一人一人がより身近に、お互いが信頼される関係を目指していきたいと願っています。
 さて弊社は11月1日岐阜県羽島市に岐阜営業所を開設します。
東海3県と言えば、一般的には愛知・岐阜・三重を指しますが、当社にとっての3県は長らく愛知・静岡・三重でした。これまではやや強引に東海地区の農業に役立つ会社と申してきましたが、ようやく東海4県に拠点を持つ会社と言えるようになります。岐阜県は内陸県ではありますが、美濃地区は広大な濃尾平野に位置する一方、飛騨地区は3000m級の山を要する山岳地域です。一口に岐阜県の農業と言っても、全く作型体系の異なる複数の地区を有しています。人口やマーケット規模は愛知県と比べれば小さいですが、園芸農業の維持発展への意欲はとても強い県だと感じています。実際花卉・鉢物分野は非常に先進的で、トマト・イチゴ・葉物野菜等の取組も活発です。弊社が少しでも岐阜県農業の発展に役立つ会社となればと願っています。一方、岐阜県の観光資産は羨むばかりです。飛騨高山・白山郷・馬籠宿・下呂温泉等々、国際級の観光資源が目白押しです。「もの」の消費から「こと」が大事にされる時代、岐阜県は大きなポテンシャルを持っています。営業所を通じて少しでも岐阜県に役立つ会社を目指して参りたいと思います。

2016.05.09 [ 社長のつぶやき | 日々のつぶやき ]

社名変更について

●創業 
 昭和43年11月 豊橋市松山校区の比較的近い位置に隣接する(有)川西種苗店・(株)チカダ種苗店・(株)ヤマニ種苗店と旧田原町駅前に位置する福井種苗店が、当時の各社規模に合わせて資本出資し、トヨハシ種苗株式会社が誕生した。合併の主な理由は同年の豊川用水開通による地域の農業情勢激変に対する受け皿として、また第1次農協合併による商売環境の激変が底流にあったと言われています。
 会社名称については、東三河および一部湖西地方を販売エリアと想定、その中心である豊橋市を根拠地とすることから豊橋の行政名をカタカタに変更し、当時一般的な種苗業界の呼称であった種苗をつけ、トヨハシ種苗株式会社として発足した。ロゴデザインも豊橋市の徽章「千切マーク」を参照、その中間を切り、トヨハシ種苗を真ん中に配置した。千切は吉田藩大河内家に伝わる徽章であり、結団、団結を意味し、創立時の会社にとっては意味のあるロゴであった。

ロゴの変遷
 
 また新会社設立に際して、合併のメリットをお客様にも理解していただく目的で、農業栽培技術の革新と指導を担う施設として、研究農場(当時はサカエ農場)の創設を企画したことは、その後の会社の発展に大きく寄与した。ただ売るだけではなく、種蒔きから収穫までお客様へのサービス、情報提供が可能な会社という理念を社員が共有できたからである。

●拡大・発展
 紆余曲折はあったもののトヨハシ種苗は昭和43年11月産声を上げた。激烈な販売競争を繰り広げた4社の合併は、全国にも全く例のない試みでした。多くの種苗業者からの注目の的であり、やがて瓦解するのではないかとの厳しい意見も多かった。しかし当初の見込み通り、豊川用水の開通により、施設園芸需要は旺盛となり、麦・芋しか作れなかった荒れた農地もキャベツ畑となり、お客様の旺盛な需要に支えられて、会社は順調に売上を伸ばすことができた。そして資本の蓄積とともに、販売エリアの拡大を指向して、西三河安城、静岡県浜岡、三重松阪に営業所を新設。やがて販売エリアは愛知県・静岡県・三重県・岐阜県の一部まで拡大した。

●当社の強み
 弊社の強みは、何といっても商売の源流が「種苗」販売だと言うことです。
しかも試験農場を併設することにより、単なる種苗の販売から、優良種苗の独自判断、栽培指導、新しい生産方法の提案に至るまでお客様へのサービスが可能になったことである。それに加えて希望する栽培品目に合わせて、新設ハウスの設計・施工業務、オリジナル養液栽培システムの設計・施工業務も大きな柱に育ってきました。種蒔きから収穫まであらゆる局面でお客様に商品や情報の提供ができるという点が弊社の最大の強みです。しかも単品販売でなく、お客様が希望通りの収穫に至るまで色々な局面でお手伝いできるということは弊社理念の具現化そのものです。

●転機
 日本農業の衰退が問題となる中、高度施設園芸に対するにニーズはますます高まっています。弊社は日本でも有数の施設園芸地帯の中にあり、お客様の知恵をお借りしながら現場発のオリジナル商品もいくつか開発してまいりました。また近年は(株)デンソーさんとの共同開発による複合環境制御装置「プロファーム」を開発、販売を開始しました。本商品についてはメーカーとしての一面を持つようになりました。プロファームおよび弊社オリジナル開発商品につきましては、従来の東海4県への販売枠を超え、全国の産地への販売を念頭に販促活動をスタートしたところです。

● トヨハシ種苗株式会社からトヨタネ株式会社へ
 弊社は2018年創業50周年を迎えます。半世紀続けられたのは、お客様のおかげ、社員のおかげでありますが、視点を変えれば社会に必要とされていたからであります。創業の成功要因は、4人の創業者がそれぞれの持ち分を発揮して協力し合えたこと、マーケット需要が予想通り拡大したこと、そしてもう一つは直接的な利益を生まない研究農場を開設してお客様への情報提供(サービス)に力を入れたことです。「トヨハシ種苗株式会社」の名前は地域の農業者には広く知られるようになり、多くの人は「トヨタネ」と言い、また一部の地域では「シュビョウ」と言われるようになりました。

●トヨタネ株式会社へ
 トヨハシ種苗という名称は、創立4社の名前を冠にできないことを前提に考案されました。豊橋をカタカナ読みにしたわけですから、当初から名前に色濃く地域性が刻まれていました。設立時は、東三河及び一部湖西、三ケ日地区を種苗販売商圏と想定していたので、その中心都市豊橋の名前を付けることに違和感はありませんでした。しかし設立後まもなく施設園芸の発展とともに、農業資材とりわけビニール等農業フィルムの需要が拡大、スケールメリットを求め、販売地区の拡大要望が大きくなってきました。 昭和50年安城営業所開設を始めとして、浜岡、松阪、静岡営業所を次々開設、一挙に販売エリアが愛知・静岡・三重と岐阜の一部に拡大しました。
 一方弊社が年2回発行しているカタログ誌「タネと資材」においては、早くも昭和46年秋号より、ロゴマークの中心がトヨハシ種苗からトヨタネに変更されています。また営業所においても浜岡営業所以降は、看板表示もトヨタネに変更されています。弊社カタログ誌が創立3年後に早くもトヨタネに変更されていることを考慮すると、トヨタネという名称はすでに地域に浸透していたことが伺えます。その後浜岡、松阪と県外に営業所設立の際には、ローカル色を薄める目的とトヨタネの愛称で呼んでもらいたいという二つの目的が存在したことは明らかであります。

創刊号B5サイズ 変更前A4サイズ 最新版A4サイズ




●トヨタネ株式会社へのブランド統一
 2018年会社創立50周年は半世紀です。農業の国内マーケットが縮小する中、会社が今まで以上に社会の役に立ち、お客様の支持率が上がり、結果としてより良い会社になるためには、「第2創業」の覚悟が肝要と思い至りました。社名変更は、歴史と伝統、そしてお客様から親しまれてきた「トヨタネ」を残しつつ、かつ過去に胡坐をかくことなく、原点に立ち返る目的で企画したものです。今後はトヨタネ株式会社の名称とロゴがお客様からの信頼の証と思われるよう、会社一丸となって努力を続ける所存です。今後は尚一層のご指導を宜しくお願い申し上げます。