ブログ「クロロフィル通信」

2018.06.23 [ クロロフィル通信 | 歴史に学ぶ ]

タウシュベツ橋梁に感動!!

こんには(^-^)
(下の画像はブログタイトルのタウシュベツ橋梁です。)
タウシュベツ春~初夏
たまたま家に貼っているカレンダー(6月)に使ってある風景写真を見て
なんか理解できない風景写真(2~3メートル離れて見ている)
近づいて説明文を見ると変な写真が理解できました。
平面的なものから奥行きのある風景写真となりました。
変なもの(楕円の中や橋梁)は湖面に映った景色。
6月カレンダー
この写真はタウシュベツ川橋梁。
旧国鉄士幌線の代表的なコンクリート橋のようです。
時代の移り変わりで廃線。

また最近は廃線や廃墟が結構話題になっています。
古いもの歴史があるものが観光資源になるんですね。
日本はその在庫が沢山あります!

タウシュベツでネット検索をしますと「幻の橋」???
四季によって変化する写真がいっぱいありました。
タウシュベツ春~初夏
タウシュベツ春~夏

タウシュベツ夏
タウシュベツ夏

凄く感動です!!

今年は無理でも来年はツアーにと思います?
崩壊が進んでいる?実際この目!見たいですね!

タウシュベツでネット検索してみてください。
冬もいいですね!

ネット内容
この橋は士幌線開通に合わせて1937年(昭和12年)にタウシュベツ川に架けられたもの。
5月頃から徐々に雪解け水が流れ込み水位が上昇して徐々に沈み始める。
8-9月頃には湖底に沈むため「幻の橋」と呼ばれます。

タウシュベツ川橋梁 - Wikipediaより
もともとは、日本国有鉄道士幌線(1987年(昭和62年)廃線)が1939年(昭和14年)に十勝三股駅まで開通した際に、音更川の支流であるタウシュベツ川に架けられたものである。
1955年(昭和30年)に、発電用人造ダム湖である糠平ダムが建設され、橋梁周辺が湖底に沈むことになったため、士幌線は湖を避けるように新線が建設され、切り替えられた。
その際に、橋梁上の線路は撤去されたものの、橋梁自体は湖の中に残されることとなり、現在までその姿をとどめている。
糠平湖は人造湖であり、季節や発電によって水位が劇的に変化するため、橋梁全体が水没してしまう時期もあれば、水位が低くなって橋梁全体が見渡せる時期もある。
その様子から、「幻の橋」とも呼ばれる。

文明の時の移り変わりを感じます。
当社も今年50周年を迎え、社をあげて変化「Change」元年でもあります。
実際はすでに女性の活躍が目立ちます。
もちろん男性もです。
スピードもハヤいですね。

当社もタウシュベツ橋梁の風景に負けないよう!
7月開催のGPECの出展準備も今回は女性を中心に進めています。

また当社の変化を感じてもらえれば幸いです。
ご来場の際には是非当社ブースへお越しください。
(東京ビッグサイト 東1・2 ホール 小間番号 H-39・D-39)
女性写真イラスト
お待ちしております。

記事 yoshi.a

2018.06.05 [ クロロフィル通信 | 歴史に学ぶ ]

新城市四谷の千枚田

新城市四谷の千枚田
場所:車でのアクセス
東名豊川インターから新城方面北へ。
国道151号線「有海」交差点信号左折して次は 国道257号線「長楽」信号右折します。
その後「海老」信号左折して稲目トンネル手前「海老池貝津」信号右折してそこが現地です。

ここ大代では、明治37年(1904年)、田植えが済んだ頃から20日余りも降り続いた雨で、鞍掛山と通称びんぼう山の谷間に泥土が溜まり、雨水があふれて山津波となり、家屋10戸と田畑が流失し、11人の死者が出るという大惨事がありました。
あまりのことに一時は途方にくれた村人でしたが、鍬とモッコで復興に立ち上がり、何年もかかって荒れ地を田に変えたのが、この千枚田です。

info球状
千枚田1
千枚田2

千枚田は、実際には1296枚の棚田で、1枚平均の広さは0.9アールです。
現在は39戸の人が850枚を耕しており、(平均21枚)、一戸で62枚耕しているのが最高です。
山津波のときの犠牲者の霊は、村を一望に見下ろす、カシャゲ峠に祀られています。

平成17年3月新城市、四谷の千枚田の看板より引用

記事 種苗課 スタッフ

2017.05.01 [ クロロフィル通信 | 歴史に学ぶ ]

過去の大津波から学ぶもの。

きのう豊橋市内の東観音寺よってきました。
東観音寺

指定文化財Information

この寺は馬頭観音といわれています。

動物を飼われている方(畜産関係)などがお参りに来ていました。
戦時中までは軍馬なども活躍していましたのでその慰霊碑もあります。
従軍馬匹忠魂碑
(従軍馬匹忠魂碑)

このお寺の建立は大変古く西暦733年(天平5年)。
現在地に移転されたのは1716年(正徳6年)のことです。

『何故?』 移転? ここが重要なところです。

移転した理由は1707年(宝永4年)宝永地震の「大津波」により被害を受けた。

『大津波の原因は宝永地震』にあります。

宝永地震(ほうえいじしん)は、江戸時代の1707年10月28日(宝永4年10月4日)に起こりました。
東海道沖から南海道沖(北緯33.2度、東経135.9度 を震源域として発生した巨大地震です。
南海トラフのほぼ全域にわたってプレート間の断層破壊が発生したと推定されるようです。
記録に残る日本最大級の地震のひとつとされ世にいう宝永の大地震です。

この宝永大地震の被害により現在地に移転したとの記録が残っているようです。
また当時を記す津波前後の絵図や石碑も残されているようですね。
一度見てみたいですね。

当時は現在の海岸線あたりに建っていたと言い伝えされています?
写真の駐車場用に整備されたあたりに建っていたかどうかはわかりませんが、
当時の街道(伊良湖街道)は現在は侵食されて海の中(砂浜から数百メートル???)ようです。
(現在の街道(国道42号線)は海岸より概ね1.5キロメートルのところです。)
国道42号線
結構陸地があったようです。想像できませんが?県境を越え浜松側の景色を見ると地形から想像ができますが?・・・想像の域は出ません。

地元の方は結構高台に住んでいます。
標高50メートル以上はあると思います。
江戸時代は半農半漁が出来たのも海岸に結構な陸地があったのではと思います。

津波に対しての言い伝え
「潮が一気に引いたら急いで丘へ上がれ」
「言い伝え」や「地名の由来」などにも関心を持つ。

海岸2
この日は車の台数は少なかったですね。
海岸へ下りる道路は広くありませんので時間により混雑しそうですね。
海岸1

海岸3

サーファーの方が多く訪れるようですね。
エンジョイしているときはとかく無防備となり易いので最低限のリスク管理は必要と思います。
「バスや航空機は非常口」の案内がありますが「自然に対しての非常口」はありませんので意識しておく必要があります。

記事 経営企画課 スタッフより

2017.01.20 [ クロロフィル通信 | 歴史に学ぶ ]

おちょぼさん

こんにちは。
岐阜県海津市に室町時代から続く、千代保稲荷(ちよぼいなり)という神社があります。
この神社は京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷とともに、日本三大稲荷の一つともいわれることも。
(その二つよりはかなり小さいですが、、、)
鳥居
 地元では「おちょぼさん」として親しまれています。
ろうそくと油揚げのセットが売っていますので参拝前に購入します(一組¥50)。
燈明場でろうそくに火を灯し、油揚げは商売繁盛なんかを願って賽銭と一緒にお供えするシステムとなっています。

 また、月末最終日の夜から翌月1日朝に掛けて、「月並祭」という縁日が毎月(!)開かれ、結構にぎわうらしい。
そのときは参道のお店も遅くまで開いていますので、仕事終わりに串カツでも食べにいってはいかがでしょうか。


記事 岐阜営業所 スタッフより

2016.12.09 [ クロロフィル通信 | 歴史に学ぶ ]

きてみやぁ岐阜!

皆さんこんにちは。
今回は、岐阜県って山と川しかないんじゃなの、と思っている皆さんに、岐阜の見所をいくつかご紹介したいと思います。
岐阜

①長良川の鵜飼
鵜飼は今から1300年前から漁として始まりました。
赤々と燃える篝火は見るものを幻想的な世界へといざないます。
見学するには船の予約が必要です。期間は大体5月~10月までです。
ちなみに私は一回船の予約をしたのですが、台風の増水で中止になっていまい、そこから行く機会を失っています。休日の予約は埋まりやすいです。早めのご予約を!

②美濃和紙あかりアート展
美濃と言えば和紙。和紙といえば美濃。
現在でも手漉きの和紙が生産されています。
毎年10月頃開かれるこのアート展では、美濃の「うだつのあがる町並み」に美濃和紙を使ったアート作品が並びます。アート作品には内側から光をともします。
この展示はプロ・アマ問わず、美濃和紙を使用していれば誰でも応募することができます。
観光としてももちろんいいですが、出展してみてもおもしろいですね。

③郡上おどり
夏の二ヶ月にわたって行われるお祭りで、お盆期間は徹夜で踊ります。
地元の人、観光客、関係ありません。みんなで踊ります。
郡上は長良川の上流に位置しており、昔から川と密接に暮らしていました。
湧水は飲料水にしたり野菜や食器を洗うのに利用され、現在でも井戸や水路は地元の人々が共同で管理しています。
美しい町並みの中にはところどころに水路が見受けられ、涼やかな水音を聞くことができます。

④「モネの池」
最近、関市の山の中にある池、通称モネの池が有名ですよね。有名なので詳しくは書きませんが。
晴れの日がきれいに見えるそうなので、行く前に天気予報をチェックしたほうがよさそうです。
まだたくさんありますが、長くなってきたのでココまでにします。

あえて写真は載せておりません!

おんしの目で確かめとくんせぇ!

記事 岐阜営業所 スタッフより   

2016.05.06 [ クロロフィル通信 | 歴史に学ぶ ]

旧暦6月に雪を降らせた伝説「田峯観音奉納歌舞伎」

 新城から設楽の田口に向かって豊川沿いに上がっていくと
左側に田峯という小高い山があります。

  毎年2月12日に、田峯観音(谷高山 高勝寺)が御開帳される日で、
境内にある舞台で、素人歌舞伎が演じられます。

 国の重要無形民俗文化財に指定される、
田峯観音に残る伝統行事のひとつです。


 
  この奉納歌舞伎のいわれは以下のようです。
昔、田峯の人たちは、誤って天領だった段戸山の木を伐ってしまいました。
過ちを悔いて、観音様に「田峯を助けてくれたら、村が三軒になるまで歌舞伎を
奉納します。」願をかけました。

 代官が検分に来る旧暦6月土用に雪が降り、
「こんな寒いところに木を伐りに来られるはずがない」と、
ひとりもおとがめをせず、代官たちは引き返したそうです。
その後、戦時中も毎年欠かすことなく歌舞伎を奉納しているそうです。

 奥三河では、雷雲が発達して、真夏に雹(ひょう)などが時々降るそうです。
境内には御霊験あらたかな田峯観音浄水がありますので、
一度訪問してはいかがですか?


記事 種苗課  Morris

【旧暦6月】
新暦の6月下旬から8月上旬に当ります。
別名水無月(みなづき)とも言われます。